今はまだ・・・眠っている姫君にそっと口付けを・・。

愛しき人よ・・・。

 

 

第十一章 〜歩みだす、その前に〜

 

リョウと別れてからレオナとクロードは森にある自分たちの家に帰った。

決して大きな家ではない、木造の小さな家。

しかし、彼らにとっては大切な家。

大切な城。

「レオナ・・大丈夫か?」

「・・?」

「体・・。平気なのかい?」

ずっと、この調子だ。目覚めてから、ずっと。

クロードのその様子を見てレオナはくすりと微笑んだ。

とても暖かい微笑み・・・。

この鳥の前以外では決して見せないであろう微笑み。

彼女は7年前のあの事件以来、あまり人に対して笑わなくなった。

そして、それは自分にも責任はある・・・そうクロードは思う。

しかし、それとは逆に、自分にだけは変わらず微笑んでくれるのが嬉しかった。

不謹慎かもしれない・・・。

彼は今の自分の考えを呪った。

「もう、寝た方がいい・・・体を休めて。」

「うん・・。」

心配性だ・・・レオナはそう思う。そんなに心配する程のことではないのに。

しかし、ここで何か言うとその倍は言われそうなので彼女は苦笑してベッドにもぐりこんだ。

リョウと別れて夜通し歩きっぱなしだ。疲れも溜まっているだろう・・。

月は明るい・・。満月だ。クロードはレオナのベッドの横のソファーに羽を休めた。

しかし、目を閉じても眠ることは出来ない。

自分があんなヘマをしなければ、兵士に捕まるような事をしなければ、

彼女がこんなに傷つくこともなかったのに・・。

深い自責の念がクロードを襲う。

いつもそうだ。

傷つくのは彼女。

自分が守ると決めたこの少女・・・。

「気にしなくてもいいから・・。」

隣のベッドから声が聞こえる。まだ・・・起きていたのか。

クロードは目を開けて少女の方を見た。

 

レオナは起き上がってベッドに座っていた。栗色の淡い瞳がクロードを見つめている。

「しかし・・! レオナ!! 僕の・・せいだ。あの時僕が捕まっていなければ君は・・。」

「・・・。」

「7年前のあの時だってそうだ!! 本当は、君を守って・・

いや、守るはずだったのに・・それなのに・・!!」

なぜだ・・なぜいつもこうなる?何故彼女が傷つき・・自分は・・。

「クロード・・・。」

レオナは小さく呟き、金色の鳥を抱き上げた。優しく、愛しそうに抱きしめる。その体温に涙が出そうだった。

「貴方が、ここにいてくれるだけで・・・それだけでいいの。

そしたら私、何も怖くない。


ZERO
の刺客が来ようと平気。

自分の体が傷つく事より、貴方を失ってしまう事の方が・・その方が、私は怖い・・。

だから・・そんな事言わないで?」

細い声・・。

少女の体が微かに震えているのが伝わる。

「・・・レオナ。」

「それに・・・貴方がそんな思いをするのは、私のせい。

だから気にしないで。

私はこれからも、貴方を守るから。」

貴方を傷つけたのは私。

こんな思いをさせているのは自分だ。

クロードが自分を責める必要はないのだ。

 

そうして彼女がクロードを見つめる瞳はとても強い光が宿っていた。

迷いはない。そんな力。

彼女は強い・・・・本当にそう思う。

「歯車の事は・・・どうするんだ?」

「!!」

そう問いかけると彼女は顔色を変えた。

これは絶対に超えなければならない問題。

「あの少年が歯車なんだろう? そう言ってた。」

「・・・もう少し、時間が・・。」

欲しい・・・というのだろうか。

リョウと別れてクロードが彼の事を話した時も彼女はそう言った。

もう少し、時間が欲しい・・・と。でも、実際は・・。

「時間が欲しい・・そう言っても、あまり時間がないだろう? 

君が旅を始めないと始まらない。
ZEROを止めるには、君はここにいてはいけない・・。

あの少年だけでは
ZEROを止める事は出来ない。知ってるはずだ。レオナ、君も・・・行かなくちゃ。」

「・・・・。」

「辛いのは・・分かるよ。でも・・行こう? 近いうちに。

余り長くはここにいられないけど、君が少しでも落ち着いたら一緒に・・・。

僕も力になる。その・・・これでは余り役立たずかもしれないが。」

そして照れくさそうに笑った。

彼の羽が優しく頬をなでる。

レオナは黙っていた。

何か言いたくても、言葉が出ない・・・。

クロードは自分のせいで今、とても苦しんでるのに、

それでも自分の事を気遣ってくれる・・。

彼が、そんな彼が好きだ。彼の前では・・強がる必要なんかない。

素のままの自分を見てくれる。

こんな自分を受け止めてくれる・・とても嬉しい。

 

7年前のあの出来事が全てを変えた・・・。

自分とクロード、大切なものを失いすぎた・・・・。

それでも、彼はこうして自分を支えてくれる・・。

唯、それが胸を暖かくした・・。

外は、まだ暗い・・。

月明かりのみが、彼らを照らした。

クロードは窓辺に向かって飛んだ。

窓枠に止まり、月の光を浴びる。

 

「真実の眼を・・。」

 

そう彼が呟くと小さな体は淡く光り、今鳥がいた窓辺には一人の少年が立っていた。

髪は淡く、優しい金髪で瞳はグリーン。

身長は高く儚い印象はあるものの、その瞳には強い意志を感じる。

「クロード・・・。」

レオナは思わず彼に近寄った。

張りつめていたものが微かに緩む。

人間の姿になったクロードは優しく彼女を抱きしめた。

クロードは呪いを受けていた。

鳥の姿に変わる呪いだ。

この姿が彼の本当の姿・・・しかし、いつもこの姿ではいられない。

月が輝く夜にだけ、自分の意志で元に戻る呪文をつぶやいた時だけ・・この姿に戻れる。

新月の時や月が隠れてしまった時は元には戻れない。

そして、月が隠れれば、また鳥の姿に戻るのだ・・・。

「ごめん・・・。いつも、抱きしめてあげられなくて・・・。」

限られた時間だけ・・・。

普段は鳥の姿で会話は出来るけど、あの姿では彼女を抱きしめることは出来ない・・。

助けてあげることも出来ない・・。

それが、悔しい。歯がゆい。

 

月明かりは優しく彼らを照らしていた・・・。

 

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